氏集と家系図

なつきみう

昔の沖縄、琉球王国時代では、各家族の系図や家譜は首里城内の系図座に提出されて、とても厳しいチェックが行われた後、1冊は系図座に保管され、もう1冊は各家族に渡されたそう。

又調べると、5年に1度の仕次(しつぎ)と呼ばれる見直しも行い、厳重に管理されていました。
系図座に保管されていた家譜は、主に士族(しぞく)と呼ばれる現代でいうエリートみたいな人達のものが中心だったらしい。
氏集(うじしゅう)と呼ばれる初期には 士族は首里・久米・那覇・泊の4つの地域に住み、家譜もこの4つの士族にわけられているそうな。
その士族がどこの区分だったかというのを明記してあるものが氏集(うじしゅう)です。

調べたい先祖が士族だった場合、家系図を作る上で場合によっては情報となるため、氏集を利用することがよくあるそうだよ。

氏集と家系図

写真は那覇市歴史博物館発行の氏集 (第5版 増補改訂版)

美羽のシジウヤ&チジウヤは辿ればここに記載がある。
歴史上に証明できるんだ。
そして、美羽にはなんと、王様の側室の〇〇王妃様がついていてくださっている。

え!!!なぜ??だよね。

それはね…

チジウヤが〇〇王妃様の魂を助けたからだよ。

だから、〇〇王妃様がチジウヤに恩恵をもたらすのは意味が理解できる。

でも、何故美羽にも・・・。
それにも理由がや流れがあった。
その理由は、拝みを同行した人のみお話しするね。

聞かれなきゃ言わないけどw

拝みをするとき、家系図を書いてもらう時があります。
家系図を作りたいという方は多くいるよね、
でもきちんと書ける人は、まずいない。

なぜか?

「まず時間もないし誰から&どこから始めるのかわからない」

「先祖が亡くなっててわからない」

「戸籍謄本でどこまで遡れるか見方もわからない」

よく聞く理由です。

どの理由もごもっとも。
美羽(みう)の父親は大正生まれで11人兄弟な上、もう父の兄弟は生きてないし、子供の頃に両親が離婚しているから父方の親戚なんてわかんない。

戸籍抄本見てもちんぷんかんぷん。

でもまずは、紙に自分の名前を書いて、親、その親、など、記憶の範囲で関係ある人をつないでいくことからでもスタートした思えがあるよ。

これは、サンプル^^
司法書士に依頼して家系図を作成した友人もいるけど、かなりの時間と能力とお金受かったみたい!!

でも思わぬ先祖も出てきたりその価値はあったね。
まずは知ること。

先祖崇拝。とても大切です。

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